「家」−その沼のような引力

「家」って何だろうなぁ、と最近また考える。

入れ物としての「家」、ルーツとしての「家」、制度としての「家(イエ)」。
それらを手がかりに、今、空想の「家」を描いている。

建てることを前提にしない建築——私はそれを「空想建築」と呼んでいる。設計図にするでもなく、現実的な設計にするのでもなく、思索そのものに形を与えようとする試みだ。その最初のテーマとして選んだのが、「家」だった。

「家」について考えると、「家族」っていうものにも当然思いがいくわけで、そうなると底なし沼にハマったような感覚に陥ってしまう。
結婚して新しく配偶者との家庭を持ち、「家」や「家族」というものに対し、ますます一言では語れず、簡単には表現できない思いを抱いている。
だってパートナーの「家」は、当たり前だけど私のそれとは違うんだもの。
だから違いをどうこうしようとすることはしない。
今はただ、私の中にある思いを観察して、外に出たいというものにカタチを与え、出してみようと試みている。

育ってきた環境を振り返ると、
特段私は、毒親だった、とか親が嫌い、とか
ネガティブな思いが両親に対してあるわけではなく、むしろ大事に育てられ、激しく反抗した時期もあったけれど、総じて恵まれていたと思うし、今は感謝しかない。
それぞれ個性を持った愛すべき人たちで、自分の家族を気に入っている。
だから、どちらかというと「家族」に対しては良い思いがある。

しかしなぜか、早い時期から「家」や「家族」というものは奥歯に何か挟まったような、何かすっきりしないものであった。
私にとって「家」とは、重くまとわりつく存在でしかなかった。
「家族」は色々あっても愛すべき存在であったのに、「家」は苦しく逃げだしたい場所であった。

なぜだろう?
その頃の私には、「家」は個人を閉じ込める檻のように見えていたんだろうな、と思う。
その人の持つ光を無理やり囲い込んで弱くする、そんな風にも見えていた。

修士課程の頃、「個人」を単位にした住宅を考えることに夢中になったのは、そのせいかもしれない。「家族」ではなく「個人」を単位にして、他者でもある家族とどう繋がれるか——そういう空間のあり方を探っていた。

「家」が重苦しく感じるのは、光や暑さ寒さなど物理的な要因もあるだろう。
個人的な資質や状況にもよるかもしれない。
しかしその空間が与える心理的な要因もある。
だから、「私」が「私」でいられて外の世界と仲良く繋がれる家をつくりたいのだとも思う。

衣食住という言葉があるように、住は生活の基本でもある。
だからそこが居心地が悪いと、外に向かうエネルギーだって湧いて来ないんじゃないかと思うのだ。

そんなことを考えながら、手を動かしている。
これといった結論は出ない。
今は、こう思う、というだけ。
ただ内側に、どうしても外に出してしまいたい「家」の存在が輪郭を帯びてきて、それにひたすらカタチを与えたくて、取り組んでいる。
一つ出したらまた違う「家」が見えてくるかもしれない。
だからきっと、「家」についての思索はまだまだ続いていくのだと思う。